短歌がうまくなりたい、名前をつけてください

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  この手の質問に短歌歴二年程度の自分が答えていいのかわからないのですが、不肖ながら一生懸命考えていきたいと思います。

  まずはおさらいですが、大前提として、短歌は五七五七七の三十一音・五句体で構成された詩歌です。この三十一音のことをみそひともじなどと言ったりします。

  よく俳句と混同されて「季語は入れなくて良いのか」と訊かれるのですが、そういったルールは短歌にはありません。

  俳句の場合、絶対的な主役は季語です。季語をどのように表現するか、季語から何を感じ取ったか、ということが俳句の眼目になります。

  俳句というからにはあくまで、句というのは英語でフレーズに当たるんですが、俳句のルールは「十七音のフレーズで季語やその情景を表現し想起させよ」ということです。

  「ででん! 秋と言えば柿ですが、、、、ではその柿をイメージしてシチュエーションを十七文字で答えよ! はい! 正岡子規くん!」

  「柿を食べていると遠くの方から法隆寺の鐘の音が聞こえてきました」

  「うわ、それ、めっちゃ良いやん。ありそう。柿って確かにそんなイメージそんなイメージ。奈良行きてー」

  みたいなことです。もう少しカッコつけて言うと「四季の移り変わりなどをその季節に象徴的なものを取り上げて記録していこう」という風な取り組みが俳句のイメージです。こういった考え方を花鳥諷詠なんて言ったりもします。

  中には無季俳句といって季語がなかったり、自由律俳句といって自由な音数で詠まれた俳句もありますが、今は省きます。

  一方、短歌は先ほども言ったように季語という主役もありませんし、何をテーマにして詠んでも大丈夫です。(「題詠」と言って、みんなで同じテーマを詠み合うという短歌の楽しみ方もあります)

  字数もそれほで厳密ではなくて、しばしば字足らずや字余りの短歌が出てきます。そういうと「短歌の方が楽そうじゃん」と思うかもしれませんが、実は短歌にも昔は色々とルールがありました。

  俳句の季語ほどは重要視されていなかったそうですが、序詞(じょことば)や縁語といった細かな修辞(ローカルルールというか内輪ネタみたいなものです)を解し用いられてる歌の方が格式が高いみたいな、そういった風潮があったみたいです。

  インターネットでもありますよね、そういうの。「FF外から」と言えば「失礼な奴」、「マックでの女子高生の会話」と言えば「嘘」みたいな共通認識による内輪ネタ。これが通じれば「ほう、まあこいつ、そこそこはネット文化にも精通してるんだな」と認定されるみたいな。

  それと同じようなものが当時の歌人の間では「ぬばたま」と言えば「黒」だし、「たらちね」と言えば「母」だったのです。

  話を戻します。現在の短歌にはそういう厳密なルールはあまりありません。「できるだけみんな定型を守って自由に表現しよーよー」みたいなゆるい空気感です。

  上で俳句は句だと言いましたが、短歌はです。大切にされているのは声に出した時のリズムであったり旋律(メロディ)の心地よさです。もちろん詩の内容も大切な要素ですが、俳句と短歌の違いは、定型以外に、そういった文学的か芸術的か、という志向があるように思います。

  俳句はしていないのでわかりかねますが、短歌に関して言えば、内容は難しくてよくわからないがとても好きな短歌、というものは確実に存在します。ちょうど英語はわからないけど好きな洋楽の曲があるのと同じようなもので、音の響きだけで心惹かれてしまう短歌があるのです。

歳月のさびしい頬を照らそうと秋の手花火揺らしていたり/大森静佳

  ここに書いているのはあくまで個人の短歌観です。必ずしも僕の短歌観が一般的な定義ではありませんし、僕の好きな短歌が一般的に高い評価を受けているわけではありません。もちろん一致している場合も多々あります。

  僕は上記の理由で、短歌においてというか定型詩において定型は原則守られるべきものだと考えていますし、定型を破るのであれば「あえて」という理由、つまり「必然的な理由」が必要だと思います。

  そうじゃないなら初めから自由詩をすればいいわけで、短歌として表現するからにはみそひともじは基本原則だということです。そして俳句や川柳ではなく、短歌として表現するからには、上句だけでなく下句の七七を主題にしたい、と心掛けています。

  もちろん定型から外れた(これを破調といいます)素晴らしい短歌もたくさんあります。

きつくきつく我の鋳型をとるように君は最後の抱擁をする/俵万智

遠くから手を振ったんだ笑ったんだ 涙に色がなくてよかった/柳澤真実

急ブレーキ音は夜空にのみこまれ世界は無意味のおまけが愛/斉藤斎藤

  ですがこれはあくまで応用技です。たとえば「花火の音がドンと聴こえた」という定型通りの下句を考えたとして、花火の音を強調するために「花火の音がドドンと聴こえた」とあえて破調するのはありです。

  読み手は想像しながら歌を読みます。俵万智さんの初句は「しっかりと」で簡単に定型へ収まるにも関わらず、きつくきつくとあえて破調させた。つまりここに俵万智さんの意図があって、最後の抱擁の切実さをそこから読み取れるわけです。

  「定型なんて関係ねーよへへへ」「どうしても定型に収まらないから、ま、別にそれほど変じゃないしこれでいいや!」というのは作者の怠惰であって、時に意図しない読み方をされてしまう原因にもなります。

 字足らずは字余りよりもずっと難易度が高いです。効果的に字足らずを用いられた短歌というのは、字余りのそれよりもぐっと数が減るように思います。

 最後の斉藤斎藤さんの短歌は、六七五七七ではなく、六七五八六という構成になっていて、結句が字足らずになっています。

急ブレーキ

音は夜空に

飲み込まれ

世界は無意味の

おまけが愛

 この歌は交通事故の歌です。急ブレーキという冗長な字余りで始まり、余韻を遮断し唐突に愛で終わってしまう歌のリズムは、まさに急ブレーキをかけている時間感覚と、事故を起こした後(あるいは車が停止した後)のしんとした一瞬の緊張感や静けさを見事に表現していると思います。テクニシャン。

純粋悪夢再生機鳴るたそがれのあたしあなたの唾がきらい/飯田有子

  こちらも結句の字足らずですが、今度は「突き放し感」や「吐き捨て感」が強調されています。このように字足らずというものは余韻から生まれる抒情を否定し、緊張させてしまう効果があるので、ネガティブな内容やドキッとするような印象を与えてしまします。

 結句の七七が「私の恋は今日で最後だ」をフラットだとすると、「私の恋は今日で最後だな」と字余りにすることで決めきれていない様子や後悔が強調され、「私の恋は今日で最後」と字足らずにすることで定型よりも覚悟や結論だということが強調されます。

  そのような強調の仕方は破調以外にもあって、たとえば初句切れだったり体言止めだったりで、

するだろう ぼくをすてたるものがたり マシュマロくちにほおばりながら/村木道彦

さようなら 君より長いまばたきをする日が来れば連絡する/自選

 初めに一つの単語や結論を持ってくることで、それがこの短歌の主題だということを明確にします。村木道彦さんのこの短歌は、別れた恋人はマシュマロなんかを口に入れながら、なんでもない世間話みたいに自分を振った話を誰かに「するんだろうなあ」という部分を初句に持ってきて、落ち込んでいる自分との対比や寂しさが強調されています。

 自選の「さようなら」から始まる歌は自分が詠んだものなので詳しい解説などは控えますが、初句切れにし結句を字足らずにすることで「有無を言わせない別れ」や「決意」を強調させようと思いました。

 

  さて、質問にもある短歌を上手くなりたいということですが、今まで長々と書いたテクニックや基本的な知識もそれなりに大切なのですが、やはり好きな短歌をたくさん見つけて「どういうところが好きだと思ったか」「どうしてこの表現を選んだのか」ということを深く考えることが近道だと思います。

  終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて/穂村弘

  僕はこの短歌が幻想的でロマンチックで大好きなのですが、これ、<降りますランプ>じゃなくて、普通に考えれば「降車ボタン」なんですよ。そうすれば七音で定型にも収まるし。でもやっぱり、誰もいない終バスで肩を寄せ合って眠っている二人を取り囲んでいるのは「降車ボタン」ではなく、<降りますランプ>なんだろうな、と思います。僕がこの短歌を好きなのは<降りますランプ>という言葉のチョイスで、それを選択した穂村弘さんの優しさが、この歌の雰囲気にとてもあっているように思うからです。

  難しい表現や素晴らしい比喩を使わずとも、むしろ既存の言葉なぞ使わなくても、自分が詠み込みたい気持ちや残したい場面を正確になぞって、ぴったりの言葉をぴったりの順番で、そしてあなたの手で並べてみてください。

   まあそうやって考え抜いた表現と選び抜いた言葉で作られた短歌よりも、数秒足らずでぽんっとできた短歌の方が高く評価されたり、しっくりきたりするのが難しいんですけど。

屈みこみヘッドライトで読む手紙 待って 読んだら返したいから/増田静

たくさんのおんなのひとがいるなかで わたしをみつけてくれてありがとう/今橋愛

幸せにならなきゃだめだ 誰一人残すことなく省くことなく/加藤知恵

 

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  「異次元のパイズリ」

 

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